■テニアン島概況:
テニアン島はサイパン島の南南西約5qにあり、南北約20qの細長い島。
東西の幅は広い所で約9km、面積は約102kuでマリアナ諸島ではグアム、サイパンに次いで大きな島。
東岸南部に180m級、170m級、150m級の小山があるが、全般的に平坦な島で、地味は肥えています。
第二次大戦までは島の大部分の広大な地域がサトウキビ畑で、テニアン島はサイパン島と並んで南洋興発による大規模な砂糖及び酒精の生産が行われていた拠点島でした。
■タガビーチ:
当ホテルの目と鼻の先(徒歩2分)、かつては古代チャモロ民族タガ王朝の長専用水浴び場だったと言われている由緒正しきビーチ。
切り立った岩に囲まれた小さな白砂の海岸なので、プライベート・ビーチ感覚で海水浴が楽しめます。
岸壁は格好の飛び込み台ですが、干潮時や波が高い時には充分注意して楽しんで下さい。
■タチョンガビーチ:
タガビーチの南側に位置する、当ホテルからも徒歩5分程の所にあるテニアン島内では比較的に遠浅のビーチ。シュノーケリング・スポットとしても有名です。
深い所でも水深4〜7m程なので、シュノーケリングや体験ダイビングには最適のビーチです。
日本人経営のビーチショップ(日本人スタッフ常駐)も有り毎日営業してるいので、マリンスポーツも充分楽しめます。
又、タチョンガビーチから眺めるサンセットは最高です。
■チュルビーチ:
別名ウナイ・チュル。テニアン島の北西部にある小さな砂浜海岸。
星の砂が採れます。
1944年7月24日午前7時50分、米軍第24海兵隊はチュル・ビーチの北にあるウナイ・パブィ(ホワイト・ビーチ1)に、米軍第25海兵隊がホワイト・ビーチ2と呼ばれているウアニ・チュルに上陸。
日没までに米軍第4回海兵師団の15,000人もテニアン島に上陸し、旧日本軍の反撃に備えてたそうです。
地雷等により死傷者が出ましたが被害は僅かでした。
その時、3台の無軌道上陸汽船が破壊され、そのうち1台の残骸が今も海岸近くに残されています。
■ロングビーチ:
テニアン島の東部、太平洋を臨む遠浅の海岸。
岩で囲まれた白砂ビーチが8つ点在し、星の砂を採ることが出来ます。
但し、道路整備が行き届いていないので単独では行き辛い場所です。
■潮吹き海岸:
ハゴイ空軍基地の東側にある海岸。
この海岸線一帯の石炭岩は、何百万年もの昔は珊瑚礁だった所です。
波に洗われた岩の穴や裂け目が現れ表面がゴツゴツしている海岸です。
荒波で侵食された窪みに水が溜まり、小魚等の生物も棲むようになりました。
潮吹き海岸は石炭岩礁の下部が波に削り取られて洞穴となり、そこに波が打ち寄せる度に潮が10m近く吹き上げ迫力のある音をたてています。
■タガ遺跡:
先住民族と言われる古代チャモロ・タガ族が築いたタガストーン12基が残る、石柱遺跡。サン・ホセ村の南、テニアン港を臨む公園内にあります。
石柱の高さは約4mあり、グアム島やサイパン島、ロタ島にも同様の石柱が存在しています。
石柱の上にお椀型の石を乗せた形はマリアナ諸島連邦の国旗やマリアナ政府観光局のロゴにも象されています。
以前、石柱は2列に6基ずつ並んでいましたが、台風等の影響で現在は1基を除いて全て倒れています。現存するタガ・ストーン(タガ遺跡)としてはテニアン島の石柱が最大規模のものです。
タガストーンは住民の柱、墓石といった諸説があります。学術的にも今から約3,500年前のものと推定されていますが、大勢の学者達の研究にも関らず何の目的で建てられたのかは究明されていません。
又、公園の一角には日本人慰霊碑がひっそりと建っています。
■カロリナス台地:
テニアン島の南端部にある丘陸地帯です。
紺碧の海峡をはさんでゴート・アイランドも見渡せ、高台からの眺望は一見の価値があります。
台地の太平洋側に周ると高さ約150mの断崖、「スーサイド・クリフ」があります。
太平洋戦争末期には米軍の捕虜ごなることを恐れた旧日本人軍兵士や民間人が『バンザイ!』と叫びながら身を投げたことからバンザイ・クリフとも呼ばれています。
スーサイド・クリフには沖縄平和記念碑と日本人戦没者慰霊碑が建立されています。
■牛岬:
サイパン海峡を望むテニアン島最北端の岬。
約5q先にはサイパン島を見る事が出来、2つの島がこれほど近いのかと実感出来ます。
■M.D.C.牧場:
北マリアナ諸島連邦唯一の牧場で、テニアン空港から東へ2q行った島中心部に
位置しています。
テニアン島の1/3を占める広大な牧場では数千頭の肉牛や乳牛が放牧されており、食肉やミルクは主にグアムやサイパンに出荷されています。
■旧日本海軍通信所跡:
戦前、日本人が島間の通信施設として建てたもので、兵舎としても使用されていた米軍の進駐後は捕虜の営倉としても使われていました。
■日之出神社:
現存する日之出神社跡は、テニアン島で戦士した戦没米兵慰霊地として1945年に再建されたものです。
テニアン島北部、ブロードウェイ北端の環状交差路の中心にあり、珊瑚礁の石炭石を積んだ低い石垣の四隅に石灯籠が置かれており、現在は慰霊碑の一部であった鳥居の木柱が2本残っているだけです。
■原爆搭載地点:
ハゴイ空軍基地は、テニアン島北部にあるアメリカ空軍基地です。
ノース・フィールドとも呼ばれ、約3,000mの滑走路が4本平行して走っており、その一部は現在も米軍空軍の演習地として利用されています。
ハゴイ空軍基地滑走路の北側には原爆搭載発進記念碑もあり、第二次世界大戦末期には原爆を搭載した2機のB-29「エノラ・ゲイ」と『ボックス・カー』がこの飛行場を離陸して広島と長崎に向かいました。
『原爆投下で長い戦争が終結した』との言葉が残された石碑の周りには椰子やプルメリアが植えられています。
尚、演習期間中は立ち入りが規制されています。
■旧サン・ホセ:
テニアン島のチャモロ民族は、17世紀の終わりにスペイン人から迫害を受けてグアム島に移住してしまいました。
1948年にチャモロ民族の一団がテニアン島に戻るまでは、テニアン島にはチャモロ民族の集落はありませんでした。
当時、戻ってきた400人足らずのチャモロ民族の人々は殆んどが西カロリン諸島ヤップ島から移住してきた人々で、残りはサイパン島やロタ島からやってきた人々です。
ヤップ島からの移住した人々は19世紀末にグアム島から来たチャモロ民族の子孫です。彼らはテニアン島に残っていた戦時中のカマボコ兵舎に住み当時のサン・ホセ村を作り、1950年代初期にほぼ全員が現在のサン・ホセ村に移動しました。
■NKK神社トレイル:
戦前テニアン島を砂糖プランテーションとして開拓した南洋興発会社(NKK)が建設したもの。
トレイルは牧場のゲートからスタートして2つの鳥居をくぐって神社に続いています。
分岐したトレイルの北の道には沖縄住宅の跡があります。
トレイルは分岐道を含め500m程の平坦な道です。
■タートルベイ:
透明度60mを誇るダイビング&シュノケーリングスポット。
海がめの遊泳場所として知られ透明度が抜群の為シュノーケリングでも海がめを観る事が出来ます。